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ミライカケイ

LFP研究会メンバーがライフプランを軸足に綴る研究日誌(旧ブログ→http://lfp.jugem.jp/)

6月の定例会まとめ/経済学史のABC①

経済学史のABC (K.Okuda)

科学的経済学者は分析技術として『歴史』・『統計』・『理論』・『社会学』の4つを備えていなければならないが、このうちでも『経済史』がとりわけ重要である。

シュンペーター「経済分析の歴史」より

 1)経済(イギリスを中心に)年表

民衆の自由・民主化要求が活発に

 

1215年

マグナ・カルタ制定(都市の自治権拡大)

 

1265

イギリス議会の始まり(1343年には二院制度となる)

 

1381

ワット・タイラーの乱(独立自由農民によるイギリス農民の一揆)

 

1400年代

「囲い込み運動」始まる(1607年「囲い込み」反対の暴動)

織物工業の発達

 

1577年

ドレークの世界周航

 

1600

東インド会社設立

 

1765

ワット「蒸気機関」改良

 

1769

アークライト「水力紡績機」発明

イギリス産業革命、古典経済学の時代

 

1776年

アダム・スミス『諸国民の富』

 

1789

フランス革命」始まる

 

1791

トーマス・ペイン『人権論』

 

1795

救貧法」⇒機械打壊し運動

 

1798

マルサス人口論

 

1809

「奴隷貿易廃止法」

 

1814

「蒸気機関」実用化

 

1815

「穀物法」制定(安い輸入穀物からの地主保護法)

 

1817

ベンサム『功利論』、リカード『経済学および課税の原理』

 

1819

スエズ運河開通

 

1833

「工場法(児童労働と労働時間の規定)」⇒産業資本家の出現

 

1845

「穀物法」廃止

 

1848

J.S.ミル『経済学原理』

イギリスから世界の工場へと経済のグローバル化

 

1858年

東インド会社解散

 

1861

アメリカ南北戦争(1971年終戦)

 

1864

第一次インターナショナル結成(1889年には第二次インター結成)

 

1867

マルクス『資本論』

 

1871

労働組合法」(1894年に8時間労働法成立)

古典経済学の行き詰まりと近代経済学の誕生

 

1914年

第一次世界大戦(1918年終戦)

 

1917

ロシア革命

 

1920

国際連盟」発足(1945年「国際連合」に改組)

 

1929

ウォール街で株価大暴落

 

1933

ロンドンで「世界経済会議」

 

1936

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論

 

1939

第二次世界大戦(1945年終戦)

 

1944

ブレトン・ウッズ会議

 

1946

社会保障法

 

1947

マーシャル・プラン発表

 

1962

フリードマン『資本主義と自由』(『マネタリズム』の誕生)

 

1971

アメリカ ドル防衛策発表(ブレトン・ウッズ体制の崩壊)

 

1973

第一次石油危機

 

1993

マーストリヒト条約発効(「欧州連合(EU)」発足)

 

1999

単一通貨「ユーロ」導入

 

2008

リーマン・ショック(「新自由主義」、「金融資本主義」に見直し機運)

2)経済学の系譜

◆『重農主義』と『重商主義

『重農主義』は18世紀後半、フランスのケネーらの経済思想で、一国の富の源泉を農業生産のみに求めた。

 ケネーは1758年に『経済表(現代の「産業連関表」に類似)』を作成し、『自由放任』を主張、A.スミスを通して『古典派経済学』に大きな影響を及ぼした。

 一方、フランスの財務総監コルベール(1619~1683年)は税収増加のため『保護貿易政策』と『特権的な商工業者の育成』を採用、貿易・輸出の振興をはかった。これは『重商主義』と呼ばれる。

◆『古典派経済学』

 スミス、マルサス、ミルに代表されるイギリスを中心に発展した経済思想で、『自由放任』『自由貿易』などを主張、『自由主義経済』とも呼ばれる。

◆『新古典派経済学

 19世紀から20世紀前半のマーシャルやワルラスによる経済思想で、サミュエルソンによって洗練されたものとなった。

 自由主義的な経済観を『市場均衡』の理論的分析に結び付けたもので、個人の『合理的行動』と『均衡論的市場観』がその特徴である。

◆『新古典派総合』

 サミュエルソンが一時とった経済思想で、ケインズの『有効需要政策』で『完全雇用』を達成すれば、あとは『市場の自動調整機能』で経済はうまく運営される、とした。

◆『マネタリズム

 フリードマンが中心になり唱えた経済思想で、『市場に絶対的な信頼』を置き、『貨幣供給量』と『インフレ率』には一定の相関があると考えた。

◆『古典派経済学』の終焉

『重農主義』、『重商主義』の経済思想は『古典派経済学』に統合された。しかし、理論的には『価値』を『交換価値』と考え、これを『貨幣尺度』で計測したに過ぎなかった。⇒『自然価格』の考え方

 この考え方は、『安定性』、『永続性』を欠くものであった。これを解決するため『労働価値説(スミスやリカード等)』や『需要供給説(マルサス)』が考えられたが、周期的にッ発生する恐慌現象の説明や解決策を提示することはできなかった。そして、『財』と『貨幣』との統一的原理の必要性も認識されてきた。

 さらなる問題点は、『資本主義的経済体制』が仮に安定的であるとしても、それは社会のすべての階級(ブルジョア、労働者、農民)にとって望ましい『分配』の理論が提示できなかったことである。特に、『地主階級』と『資本家階級』の対立に代わって、『資本家階級』と『労働者階級』の対立が激化。解決が急務となったが、これについても有効な解決策の提示ができなかった。

◆『近代経済学』

「非マルクス経済』の立場から、『資本主義経済』を理論的・数理的に分析しようとするもので、当初は一つにまとまったものではなかった。

 1870年代に、ワルラスジェヴォンズ、メンガーにより『限界効用学説』を経済学に適用することから始まった。

  <参考>『限界効用学説』

『財』の『価値』は、その『財』の最後の一単位を消費することで得られる『満足度(『限界効 用』)』の大きさで決まる、とする学説。⇒『価格』と『価値』の概念が分けられた。

『古典派経済学』の『労働価値説』を否定したが、『自由主義』は継承し、自由競争下の『価格』は『需給の均衡』で決まるとする『均衡理論』を形成した。

 <参考>『労働価値説』

商品の『価値』は、その商品を生産するために投入された『労働』により規定される、とした。『古典派経済学』で樹立された理論で、スミス、リカードにより体系化され、マルクスによって完成された。

                           ☛経済学史のABC②へつづく